大判例

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大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)206号 判決

控訴人 村井政治

被控訴人 大善株式会社

主文

原判決主文第二項及び第五項を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人から五〇〇万円の支払を受けるのと引換に、被控訴人に対し原判決添付目録記載の店舗を明渡せ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ一〇分し、その一を被控訴人、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決、被控訴人は、本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、つぎに付加訂正するほか原判決事実記載と同一(但し、原判決一枚目裏一〇行目から一一行目の「三六年九月三〇日」を「三八年六月九日」と、同じく一一行目の「一〇月一日」を「六月一〇日」と、三枚目裏四行目の「切角」を「折角」と訂正する。)であるから、これを引用する。

(被控訴人の主張)

被控訴人は、親会社である株式会社大沢商会(以下大沢商会という。)及び銀行からの借入金その他によつて八五、七一四、〇〇〇円の債務を負担し、早急にこれを支払うべき資金を必要とするに至り、その対策を検討したが不況の折りから他に方法がないため、さら地となつている日本交通公社の跡地九一坪四五九を売却することにし、日本信託銀行京都支店に仲介を依頼していたところ、昭和四〇年四月三〇日及び同年五月一七日の二回にわたり坪一〇〇万円で売買が成立したので、諸費を差引き八、八五五万円を入手し、これをもつて前記支払に当てた。被控訴人は、右土地を売却したためビル建築予定地としては残り七八坪〇六一となつたが、京都市は大沢商会発祥の地であり、得意先が多く、同市に大沢商会及びその傍系諸会社の事務所を収容する建物を建築する必要があることには依然変りはないので、当初の方針を変更して、右残地に階層を増して七階又は八階建の近代的ビルを建設する計画を立て、地上店舗の明渡を得た後は直ちに着工する考である。

(控訴人の主張)

一、被控訴人が訴状で述べたところは、被控訴人は昭和三四年春頃から更新拒絶の意思表示をしていたので同年一二月三一日期間の満了により賃貸借は終了したというのであつた。ところが被控訴人が昭和三九年六月一一日原裁判所に提出した準備書面によつて、「被控訴人は借家法二条の所定期間内に更新拒絶の通知をしなかつたので右期間満了後は期間の定めのない賃貸借となつたのであるが、被控訴人は昭和三四年一〇月三一日控訴人に到達した書面をもつて解約の申入をしたので賃貸借契約は昭和三五年四月三〇日終了した。」と変更した。しかしながら、被控訴人は昭和三四年一〇月三一日控訴人に到達した書面をもつて解約の申入をしたとする主張を変更しておらず、昭和三九年六月一一日受付の準備書面をもつて解約の申入をしたことを主張していない。

二、被控訴人は七八坪余の土地に高層ビルを建てるというが、もしそうであるならば、日本交通公社の跡地はそれよりも広いから、この跡地で十分こと足りるのに、これを処分して控訴人が生活の根拠としている本件店舗の明渡を求め、その敷地等にビルを建てようとするのであつて、被控訴人の要求するところは全くわがままである。

被控訴人は、わずか八、五〇〇万円位の支払に窮して、繁華街進出の拠点の一部を放棄しなければならない程の経済力しか有しないのに、狭いとはいいながら八〇坪に近い土地では七階のビルを建てるにしても建築費その他に一億円以上の出費を要するのであつて、しかもこれに収容するのが大沢商会グループであつてみれば何程の収益をもあげ得ないのであるから、被控訴人の主張する計画はこの不況のさ中においては不可能なことである。被控訴人は、ビル建築を口実にして控訴人に店舗を明渡させ、その敷地を有利に処分しようとするものにほかならない。

被控訴人の主張するところは、解約申入の正当事由となるものではない。

三、本件店舗の地理的環境は、北約八〇メートルに京都市役所、京都ホテル、東三、四百メートルに京阪電鉄三条駅を控え、南は河原町、南西は新京極の各繁華街に続き、店舗前は河原町三条北詰のバス停留所で、市バス、郊外行バスが絶えず往来している。

控訴人は、昭和二三年五月大沢商会経営の貸店である本件店舗を借受けてささやかな果物小売店を始め、当時の苦境を乗り越えて長年にわたる努力を続けて来た結果、今日の地位を築くに至つたもので、店舗の老舗としての価値はきわめて大きく、たとい移転するとしても、京都という土地柄適当な移転先は少く、且つ移転先で従来の実績を確保することも困難である。

被控訴人の主張する三〇〇万円の立退料には到底応ずることはできない。

(証拠関係)〈省略〉

理由

無条件の家屋明渡請求と立退料の提供を条件とする家屋明渡請求とは一個の請求であつて、第一次請求と予備的請求との関係に立つものではなく、したがつて立退料の提供を条件とする家屋明渡請求を認容すべきものとするときは、家屋明渡請求中その余の部分を棄却すべきものであつて、原判決主文第一項に「原告の第一次請求を棄却する。」と判示したのは、表現の適切を欠くけれども、被控訴人は、原判決中無条件の家屋明渡請求を棄却した部分に対し、不服の申立をしないから、当裁判所はこの部分について判断をしない。

当裁判所が被控訴人の解約告知は、相当の立退料を提供するにおいては正当の事由があるとする理由は、つぎに付加するほか原判決理由記載中原判決六枚目表一〇行目から九枚目裏三行目までと同一(但し、七枚目表六行目の「被告」を「原告」と、八枚目表五行目の「大沢善雄」を「大沢善夫」と、八枚目裏九行目の「賃している」を「賃貸している」と、九枚目表一行目の「現在空地としておる」を「空地とした」と、同じく五行目の「切角」を「折角」と、同じく六行目の「遊ばせている」を「遊ばせていた」と訂正する。)であるから、これを引用する。

当審における控訴人本人尋問の結果は右認定をくつがえすに足りず、その他これを左右する証拠はない。

被控訴人が昭和三九年六月一一日原裁判所に提出した準備書面には、控訴人主張どおりの記載があることが明らかであるが、原判決理由の判示するように、被控訴人が解約申入を原因とする主張を維持している以上、被控訴人は右準備書面をもつて黙示的に解約申入をしているものと認めるのが相当である。

原審(第一、二回)及び当審証人鈴木倫吉の各証言によれば、つぎの事実が認められる。

被控訴人は、その主張する八五、七一四、〇〇〇円の債務を負担し、早急にこれを支払うべき資金を必要とするに至つたが、不況の折りから適当な対策が立てられないため、被控訴会社の代表取締役大沢善夫の個人財産である日本交通公社跡の土地九〇余坪を売却することにし、日本信託銀行京都支店に仲介を依頼していたところ、昭和四〇年四月三〇日及び同年五月一七日の二回にわたり坪一〇〇万円で売買が成立し、諸経費を差引き八、八五五万円を入手することができたので、これをもつて債務を決済した。右の次第で、被控訴人は、ビルの建設用地としては約七八坪を残すだけとなつたが、京都市は大沢商会発祥の地でもある等の理由により、同市に大沢商会及びその傍系諸会社の事務所を収容する建物を建築する必要があることには依然変りはないので、最初の予定を変更して、右残地に階層を増して七階又は八階建の近代的ビルを建設する計画を立てている。右の建設資金は、大沢商会グループから調達し、ビル完成の暁には大沢商会グループ五社がこれに入るほか、余裕があれば一部を取引関係のある商社に賃貸する予定である。

右認定を左右する証拠はない。

控訴人は、被控訴人が、日本交通公社の跡地を処分しながら、控訴人に対し本件店舗の明渡を求めるのはわがままな要求であると主張するが、右認定事実に徴するときは、被控訴人のとつた措置は無理からぬ点が認められるのであつて、あながち控訴人のいうようにわがままなものとは考えられない。

控訴人は、被控訴人はビルを建築する経済的能力がなく、ビル建設を口実に本件店舗の明渡を受け、その敷地を有利に処分しようとするものであると主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

本件店舗の地理的環境が控訴人の主張するとおりであることは、当裁判所に顕著である。

当審における控訴人本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第五号証、原審及び当審における控訴人本人尋問の各結果によれば、つぎの事実が認められる。

控訴人は、本件店舗で開業した当時は一日の売上げが三、四千円、多いときで五千円位であつたのに、現在では一日七、八万円、多いときでは一〇万円の売上げを得ているのであつて、本件店舗の価値は、前記地理的環境と相まつて相当高く評価すべきものである。被控訴人が控訴人に世話をした移転先は、現在の店舗より間口が狭く、控訴人において果物小売店としては不向きであると考えたので断わつた。京都市内において従来の実績を維持するような移転先を見付けることはかなり困難である。

右認定を左右する証拠はない。

以上の事実を総合すると、被控訴人の解約申入の事由は、帰するところは本件店舗の敷地を含む一郭に高層ビルを建てて、これに大沢商会グループの事務所を収容するというのであつて、それ自体としてはもつともな事由であるが、他方控訴人は、本件店舗のほかにも店舗を賃借しているけれども、他に移転しても本件店舗のような格好の場所を見いだすことはむずかしく、従来の実績を維持することも困難な事情にあるので、控訴人の立場を考えるときは、無条件に明渡を求めることは控訴人に対し酷に過ぎるといわねばならないけれども、以上のような事実関係のもとにおいては、被控訴人が相当の立退料を提供するにおいては、移転によつて控訴人にある程度の損害が生じても、それは衡平の観念上控訴人の認容すべきものであると考えられるところ、被控訴人が昭和三九年六月一五日の原審第一〇回口頭弁論期日において控訴人に対し、立退料三〇〇万円を支払うことを補強条件として解約の申入をしたことは記録上明らかである。

右のような場合、補強条件の金額が当事者の主張するところに限定せられるとすると、それが少額に失するときは、そのことだけで賃貸人が敗訴することになり、それが多額に過ぎれば、これ又賃貸人が無用の出費をしたことになるのであるから、特に反対の意思がうかがわれない限り、解約申入をする者はその主張する金額に必ずしもこだわることなく、一定の範囲内で裁判所にその決定を任せていると考えるべきであつて、被控訴人の解約申入も右と同趣旨であると解せられる。当裁判所は、隣地である日本交通公社跡地の売買価格等諸般の事情を考慮して右補強条件を満たすに足りる立退料は五〇〇万円をもつて相当と考える。そして、裁判所が相当な補強条件を認定したときは、解約申入は右条件のもとにおいて、申入後の法定期間経過によりその効果が発生すると解すべきであつて、本件においては、右昭和三九年六月一五日から六カ月を経た同年一二月一五日の満了をもつて解約の効果が生じたということができる。前記認定事実によれば、右解約申入後隣地を処分する等の事態が発生しているが、それは正当事由を消滅させるような事情の変動とは考えられないものである。

したがつて、被控訴人の本件店舗の明渡請求は右の範囲において理由がある。

被控訴人は、原判決中昭和三八年六月一〇日から本件店舗明渡済まで一カ月二五、〇〇〇円をこえる割合の金員の支払を求める請求を棄却した部分に対し、不服の申立をしないから、当裁判所はこの部分について判断をしない。

被控訴人は昭和三五年四月三〇日に解約があつたことを前提として、同日までの賃料とその翌日以降の賃料相当の損害金の支払を求めているけれども、裁判所の認定する解約の日が昭和三九年一二月一五日であれば同日までの賃料とその翌日以降の賃料相当の損害金の支払を求める趣旨であることは、弁論の全趣旨から明らかである。

そうすると、控訴人は被控訴人に対し、昭和三五年一月一日から昭和三九年一二月一五日までは約定の月二五、〇〇〇円の賃料を、それ以後明渡済までは右賃料相当の損害金を支払わねばならないことは明白である。

右と同趣旨でない原判決は、右認容の限度においてこれを変更すべきものとする。

そこで、民訴法九六条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 岩本正彦 朝田孝)

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